【たまたま通信】いいね訴訟の判決文はちょっと変だと思いました

個人の感想ですよ。
小川たまか 2022.03.31
誰でも

 こんにちは。

 3月25日に伊藤詩織さんが杉田水脈議員の「いいね」について名誉感情の侵害を訴えた民事訴訟の判決、3月29日には石川優実さんが著書で引用したツイートについて著作権侵害で訴えられた訴訟の判決がありました。

 それぞれを取材したので、思うところをなるべく短くまとめて書いてみたいと思います。今回は「いいね」訴訟、次回は「#KuToo」訴訟について書きます。

●「いいね」訴訟について

 これは杉田水脈議員が、伊藤詩織さんやその支援者を傷つける内容のツイート25件に「いいね」したことについて、伊藤さんが名誉感情の侵害を訴えた訴訟でした。

 結果は伊藤さんの訴えが避けられ、損害賠償は認められず。敗訴でした。

 東京地裁、武藤貴明裁判長です。

 伊藤さんは、はすみとしこさん、大澤昇平さんへの名誉毀損訴訟には勝訴しています。また、はすみさんのツイートをRTした一般男性2人についても、裁判所は賠償金を支払うように命じています(伊藤さんの勝訴)。

 今回、「いいね」については伊藤さんの主張が通らなかったことで、「RTはまだ拡散機能があるからわかるけれど、いいねを訴えるのはさすがにやりすぎでは……」「伊藤さんのことは応援しているが、この結果は妥当では」というような反応がありますが、判決文を読むとそんな単純な話ではないことがわかります。

 杉田議員側は、「いいね」はブックマーク機能として行われることも多く、必ずしも積極的・肯定的評価を表すものとしては使われていない(だから伊藤さんを傷つけない)と主張しましたが、この点は判決では避けられています。

(判決文が認めたこと)※要約です

  • ツイッター社の「いいね」機能の説明や、それがハートマークであることなどから、好意的な感情を示すと受け止められている

  • 「いいね」については、確かにブックマーク目的で行うユーザーがいることは認められるが、「いいね」を目にした人の受け止め方としては好意的・肯定的な感情を示したという受け止め方をすることが多いというべき

 つまり、杉田議員が押した「いいね」について、杉田議員がどういう意図で使ったかはさておき、好意的な気持ちを伝えるために使っていたと受け取る人もそりゃいるでしょ、ということをいったんは言っています。

 ※判決文をそのまま写すと長くてまわりくどくて伝わりづらく、しかし要約すると微妙にニュアンスがズレてしまうことがある……のでアレなんですが、要約してお伝えします。要約にあたって間違いがあったら私が悪いです。

 杉田議員がいいねした中で詩織さんやその支援者に関連するものは「枕営業の失敗」とか「(詩織さんは)最初っから今まで自分の私利私欲」「(詩織さんの支援者に対して)お前は本当のキチガイか?」などの言葉を含んだツイート、少なくとも約100件。その中で訴訟対象となったのが25件でした。

 また、25件のツイートの多くは、杉田議員が、

「もし私が、「仕事が欲しいという目的で妻子ある男性と2人で食事しにいき、大酒を飲んで意識をなくし、介抱してくれた男性のベッドに半裸で潜り込むような事をする女性」の母親だったなら、叱り飛ばします。「そんな女性に育てた覚えはない。恥ずかしい。情けない。もっと自分を大事にしなさい。」と」
杉田水脈議員の2018年6月29日のツイート

 とツイートしたことがきっかけとなったリプライです。このツイートはBBCで詩織さんに関する特番が放送された翌日のもので、誰が読んでも詩織さん批判です。

 これは私の個人的意見ですが、杉田議員が詩織さんに肯定的なツイートにも同じように「いいね」してたりすれば「ブックマーク機能だったしみんなもそう受け取ったはず」って主張はわかります。が、まったくそうではないわけで。これらの「いいね」に肯定的意図がなかったって主張は、さすがに杉田議員の支持者でもそっとうつむくところなんじゃないでしょうか。

 しかし判決はこの後、「いいね」は多義的、抽象的な表現行為であると続きます。多義的、抽象的な表現行為にとどまるので、原則としては違法行為とは言えないと。そして、違法行為にあたる場合を次のように説明しています。ここはそのまま引用します。

これが違法と評価される余地が生ずるのは、これによって示される好意的・肯定的な感情の対象及び程度を特定することができ、当該行為それ自体が特定の者に対する侮辱行為と評価することができるとか、当該行為が特定の者に対する加害の意図をもって執拗に繰り返されるといった特段の事情がある場合に限られるというべきである。
判決文より引用

 そしてこの後、杉田議員の「いいね」行為は、加害の意図をもって執拗に繰り返されたとは言えない、という結論になります。私はこの、結論の理由付けに大変な違和感を持ちました。

(判決が認めなかったこと)※要約です。

  • 「いいね」によって示される杉田議員の好意的・肯定的な感情の対象及び程度を特定するに足りる証拠がない

  • 杉田議員の「いいね」は合計25件と少なくはないが、執拗に繰り返されたとまでは言えない

  • 詩織さんに対する加害の意図をもって行われたと認めるべき事情も見当たらない

  • 杉田議員は国会議員で、当時のフォロワー数は11万人だったけれど、その影響力によっても、違法行為ではないという結論は左右されない

 25件のいいね(実際は100件近い)が執拗ではないっていう判断。それどこ基準よ〜って感じで、記者会見で詩織さんの代理人・佃克彦弁護士は「裁判所の腹ひとつで決められる領域に引っ張り込んだ上で、腹ひとつで棄却されたと思っています」と話してました。だよね……。

判決後の記者会見(撮影:小川たまか)

判決後の記者会見(撮影:小川たまか)

 さらに、佃弁護士たちは杉田議員の尋問を求めたんだそうです。でも杉田議員側が頑なに拒み、裁判所も尋問なしでOKと認めたと。「(尋問による)立証の機会を奪っておいて、証拠上認められないというのは」「この論理の構造であれば、尋問は採用しなければならなかったはず」って佃弁護士のお話は、わかりすぎるほどわかる。

 それから、杉田議員の感情の程度を特定する証拠がないとか、加害の意図をもって行われたと認めるべき事情も見当たらないと言われているわけですが、詩織さんを応援してきた人なら思いますよね。

 杉田議員、はすみとしこさんが「枕営業大失敗」って描いたイラストを持った番組に一緒に出てたじゃん、と。感情の程度の特定もできるし、加害の意図も明らかじゃん、と。

 もちろん、伊藤さん側もその点を主張しています。記者会見での佃弁護士の話によれば、杉田議員のこういった一連の言論活動の流れで「いいね」があることを主張したんだそう。

 けれど判決はこう。引用します。

しかし、これらの行為は、本件各押下行為とは全く別の機会にされたものであって、被告のプロフィールページ等を閲覧する者が当然に認識できる事情ではない。
判決文より引用

 「これらの行為」とは、杉田議員がネット番組に出演して複数人で詩織さんを揶揄したこと。「本件各押下行為」とは杉田議員の「いいね」のことです。

 ちょっと待ってと。杉田議員の加害意図や感情の程度がどうか、という話のはず。それがなぜ「プロフィールページを閲覧する者が杉田議員のネット番組出演などを認識できるかどうか」をもって判断されるのですか。一瞬頭がバグっとします。話がズレてるとしか思えないです。

 詩織さん側がこの点をどういうふうに主張したかを記録閲覧で確認する必要があるとは思うんですが、判決文を読んだだけでは、この理由付けは全然腑に落ちませんでした。詩織さんの友人が「負けるにしてももう少し納得させてほしい」と言ってたんですが、ほんとそれな。

 ここからも個人的意見ですが、いちツイッターユーザーである私は、杉田議員の「いいね」は、彼女を支持する人たちを煽り、勇気づけ、詩織さんバッシングに拍車をかける効果があったと思います。

 そしてこの、国会議員による「いいね」が個人への攻撃を煽る怖さが裁判所に伝わらなかったのかといえば、そんなことはないと思う。充分わかった上で、議員の振る舞いにお目こぼしを与えた。そんな風に感じました。あくまで私の印象です。

・別の裁判で途中退廷した裁判官

 ところで先日、裁判の原告弁論中に裁判官が突然退廷しまう……という、ちょっと信じられないような事件がありました。原告(121人)と代理人が全員女性の、女性への人権侵害を焦点とする裁判でした。↓詳細はこちらのリンク先。

 記事にしているのが赤旗と週刊金曜日だけで、大きな話題になってないのが怖いんですが、退廷した武藤貴明裁判長ってどういう人なんでしょうね……。

 ん? え! あ、この人が「いいね」訴訟の裁判長だったんですね。なんか、これはもう運が悪いとしか言いようがない気がします。控訴審での良い結果を祈ってます。

3月31日 小川たまか

新刊『告発と呼ばれるものの周辺で』、amazonのお試しページで「はじめに」全文を読めるみたいです。よろしくお願いします。

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