たまたまレビュー#33 最近見た映画など
今回もいくつか書きます!
【目次】
(1)幼少期の性被害当事者の世界を克明に描く『ミステリアス・スキン』
(2)みんな大好きエドワード・ヤン『カップルズ』
(3)小説家の視点の背景『はざまのわたし』
(4)今に続く差別の話『よりみち部落問題』
(5)近々見たい映画など
(1)映画『ミステリアス・スキン』 幼少期の性被害当事者の世界を克明に描く
性暴力被害者の心理について研究している友人が激推ししていた映画だったので見に行った。制作は2004年で、Wikipediaによれば「日本では2005年の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映された後、長らく劇場未公開だったが、2025年4月25日より劇場公開された」。友人は2005年の時点で見て劇場公開を心待ちにしていたらしい。
簡単なあらすじ:男性相手に体を売る暮らしを続けている10代の少年・ニールは、8歳の頃に入団していたリトルリーグのコーチからの「愛」が忘れられない。幼馴染のウェンディや友人のエリックに慕われながらも、満たされない日々を送っている。一方、同じリトルリーグに通っていたブライアンは8歳の頃の記憶の一部をなくしている。UFOの謎に迫るテレビ番組を見たブライアンは、自分は宇宙人に誘拐されたのだと確信しかけるが、記憶の中の少年を探すうちにニールにたどり着く。
性被害に遭った子どもがそれを「愛」だったと思い込むこと、記憶の一部をなくすこと、自分にとっての安全や人との体の距離がわからなくなること、自傷的に体を売ることがあることーー。 これらがごく自然に、作品に落とし込まれている。記憶をなくしたり、それを宇宙人に連れ去られたからだと思い込んだり、といったブライアンの経験は突飛な話に思えるけれど、この映画の中で見ると納得感が強い。映像に説得力がある。それはニールの経験も同じで、なぜ彼が「加害者」であるコーチに執着し続けるのかが痛いほどわかる。
映画としての完成度がとても高く、こちらがたじろぐほど映像が美しい。幼少期の性暴力被害を描く作品がこれほど美しくて良いのか(加害者が都合よく受け取ってしまわないか)と心配になるが、しかし当事者の視点をこれほどリアルに描いた作品も見たことがない。低予算の中、3週間という短期間で撮影されたというこの映像作品が、20年経ってもまったく色あせていないことに驚く。時代がこの作品に後から追いついたようにも思う。
私も子どもの頃に(近親者からではないけれど)性暴力被害に遭った者のひとりで、思春期はそれなりにつらいことがあった。その経験をあえて書いた上で言いたいのは、この作品が美しいと感じる理由のひとつは、サバイバーにとってのある種「理想の周囲」が描かれているからではないか、ということ。
ニールには、その被害経験を知っている幼馴染のウェンディがいるし、友人のエリックも彼に惚れ込んでいる。ふたりはニールが誰彼構わず体を売ることを心配しているけれど、止めようとはしない。言葉は少ないけれど、何があってもずっとそばにいるのだということを行動で示している。
ブライアンは被害を自覚していないから家族も彼の被害を知らない。ただ、母や姉との関係は悪くない(父は離婚して家を出ている)。そして紆余曲折を経て、ニールを探し当てる。
ニールにとってコーチとの出来事は「愛」なのだけど、彼はブライアンにとってそれは「被害」だったことを理解している(おそらく心の底ではニールも「被害」だったと気づいている)。ふたりが出会い、ある行動をするところで映画は終わる。結末は絶望にも希望にも見えて、おそらく両方なのだと思う。
すべてのサバイバーにとってウェンディやエリック、あるいはブライアンにとってのニールがいるわけではない。けれど、この映画を通して、まるで自分にも彼らがいたかのように錯覚する。それは過去の自分の傷に絆創膏を貼るような体験だった。少なくとも私にとっては。