たまたまレビュー#16 『先生の白い嘘』

「痛み」と痛みの所在確認
小川たまか 2024.07.16
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たまたまレビューでは、書籍・漫画・映画・ドラマなどのレビューを思ったままに書いていきたいと思います。大体週末の午後に更新します。

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今週の一冊&一本

▼原作『先生の白い嘘』(鳥飼茜)

▼映画『先生の白い嘘』

※以下、ネタバレが含まれます。

漫画版『先生の白い嘘』について

 『先生の白い嘘』の単行本一巻が発売されたのは2014年2月で、今からもう10年前。10年前ということに驚いてしまう。連載開始の頃から、この作品は一部でとても話題になっていた。私の周囲の女性で読んでいる人は多かったし、エンタメでありつつ社会的課題を扱っていると感じて手に取っていた女性が多かったと思う(当時そのように言語化されていたかはわからないが)。

 私は一巻の冒頭を読んだときに、この作品に感じた期待を忘れられない。割り箸を割る女性の手があり、そこにはこう書いてあるのだ。

「人間を 2つに分けたとして 必ず どちらかが少しだけ取り分が多い と 私は感じている」

「敏捷と緩慢と おおらかと神経質と お金持ちと中流以下と 積極的と消極的と 「ふたえまぶた」と「ひとえまぶた」と 男と女と」

 この中で「男と女と」の文字が一際大きく書かれている。

 見たとき、これは男女の格差の話なのだと思った。

 読む前からの評判で、性暴力をテーマにしていると知っていたから余計に刺さったということもあるかもしれない。私は性暴力の取材を始めたのが2015年1月からで、たしかその頃に『先生の白い嘘』を読み始めた。当時は#metooも始まっておらず、110年ぶりの性犯罪刑法の改正(2017年)もまだ。性暴力に関する報道やセカンドレイプを批判する声は今ほど多くはなく(逆にいえばまだバックラッシュもなく)、ジェンダーギャップ指数ランキングも、ようやく意識の高い人たちが話し始めたぐらいの状況だった。だから余計にセンセーショナルだったのかもしれない。

 そして、その後の状況を予見していたような漫画とも言えるかもしれない。

※しつこいですが、以下もネタバレが含まれます。

※性暴力に関する記述が含まれます。

女にとってのセックス

 誤解を恐れずに言えば、私が原作『先生の白い嘘』に惹きつけられた理由の一つは、性暴力シーンにある。そういうシーンがあるので、当然誰にでもおすすめできる作品ではないし、むしろ「気をつけてください」と注意書きが必要である。

 ただ私は、この中に自分がいると思った。痛めつけられ、傷ついている昔の自分が。

 女性が(あえて女性が、と書くが)経験する性に関する傷つきというのは複雑で、明確な不同意性交以外にも、自分のことを好きでもなんでもない相手から延々と性的な部分だけを搾取され続ける、という状況もある。

 男性と女性(あえて男性と女性、と書くが)の大きな違いの一つは、自分が見下している相手とのセックスをあえて望むかどうかである点だと私は思う。もちろんすべての女性の気持ちがわかるわけではないから、中には心底軽蔑している相手と性欲を満たすだけに積極的にセックスする女もいるのだとは思うが、男女の体格差や妊娠の問題から、女は男よりセックスに慎重にならざるを得ない。女にだって性欲はあるけれど、身体的な問題や社会的通念によって、女は男より気軽にセックスすることができない。

 男は誰とでもセックスすることについての歯止めがない。むしろ見下している女と積極的にセックスしたがっているように見える男もいる。少数ではない。私はそれを恐れる。

 しかし私はヘテロセクシャルなので、男のそういう部分を恐れながらも、男とセックスするしかない。

 『先生の白い嘘』の主人公である美鈴は、親友・美奈子の婚約者である早藤からレイプされ、その後も関係継続を余儀なくされる。10年前の世の中なら、レイプされた女性が警察へ駆け込まず、誰にも相談せず、その後も相手と連絡を取り合って関係を持ったという事実から、彼女は性被害者の資格を剥奪されただろう。そして、最初はレイプだったのに「快楽に溺れ」たのだといった解釈に落とし込まれただろう。他ならぬ美鈴自身が、そう思い込まされた可能性もある。

 けれどその後10年の間に性的グルーミングというものが知られるようになり、関係性の強弱を利用したレイプや、暴行・脅迫を用いない知人からのレイプなどの態様が徐々に知られるようになった。美鈴は性暴力の被害者であるのだと受け取る人は、10年前より今の方が多いだろう。美鈴本人がそれを肯定するかどうかは別として。

 美鈴は自分の被害を前にして、ただ沈黙している。そして葛藤している。

 美鈴の葛藤は、早藤への憎しみではなく、自分への焦燥である。レイプした相手から支配され続けてしまう自分(女)の弱さに対する怒りとも言えるが、それは同時に、セックスによって奪われるものが少なくてすむ「男」への怒りであり、それを認めざるを得ない「女」である自分への怒りである。

 美鈴は、女性器を恐れる教え子の新妻と交流するようになる。新妻には恐れがあり、美鈴はその恐れを前にし、戸惑い、距離を取り、そして近づく。

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