たまたまレビュー#42 『父を怒らせたい』

偶然出会った漫画が運命だった
小川たまか 2025.11.30
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 毒親とのそれぞれのケリのつけ方。

***

今週の一冊

▼漫画『父を怒らせたい』(おかくーこ)・全3巻

簡単なあらすじ

 20代の無職・よえ子は父を怒らせたいと思っている。子どもの頃から不機嫌で、何かあれば怒鳴り散らしてばかりだった父。その父が末期がんになり、自宅で母に介護されている。あんなに怒ってばかりだったのに、今の父はよえ子が何をしても怒ることがない。その気力と体力が残っていない。これまでバイトが続かないのも、セックスでイクことがないのも父がいなくなれば解決すると思っていたよえ子は、「怒らない父」が気になって仕方がない。父と自分との関係はなんだったのか、父とはどういう人物だったのか。家族の関係性を、よえ子は自分で考え始める。

なんで読んだのか

 週末に部屋で転がっていたら、SNSに↓こちらの短編が流れてきたのです。

▼今日の小谷くん ※無料で最後まで読めます

 えーおもしろーい、丸っこい絵柄も好き、と思い、おかくーこさんの他の作品も読んでみようと思った次第です。『今日の小谷くん』は、バイトの男女2人が、それぞれ先輩社員に淡い恋心を抱くお話しなのだが、そのバイトの現場がクリーニング店。飲食や本屋ではなく、クリーニング店ってところが珍しいなと思いましたし、「クリーニング店ってどんなだか知らないけれど、作者さんがバイトしてたことがあるのかな?」と思うほど店内の描写が自然。

 若者の自意識こじらせと、他者の視線の厳しさ、そしてそういうのをなんだかんだ包んじゃう友情。ええやん。

※以下、ネタバレがあります。

それで、父の話

 『父を怒らせたい』は、一言で言ったら毒親とその子どもの関係性の話で、2010年代に繰り返し話題になった「毒親」や「親ガチャ」といったものが前提にある。テーマはシビアであり、主人公のよえ子は実家から出ていないフリーターで、父親を嫌う一方で母親からは親離れできていない。バイトが続かず、すぐに飛んでしまうので、自立できない。ダメダメである。ただ、作者独特の、ゆるっとした人間愛がそれらを緩和していて、あまり深刻にならずに読み進めることができる。※恋愛未満の短編『今日の小谷くん』のノリで『父を怒らせたい』を読むと、いきなりセックスシーンが出てくるので、それはちょっとびっくりした(嫌というわけではなく、単に驚き)。

 物語は、「よえ子と父(あるいは他の家族)との関係」と「よえ子の成長(自立)」の二軸が同時に展開していく。私が好きなエピソードの一つは、よえ子と、姉のやよいとの関係。よえ子とやよいは4〜5歳ほど歳が離れている。やよいは父にブチギレて10年以上前に家を出てそれから音信不通。けれどよえ子は、姉が匿名でやっているアカウントを見つけて偶然フォローしている。あるとき、よえ子が「父、はやく死んでくれないかな」とつぶやくと、やよいのアカウントから「いいね」が来る。

 やよいはとっくに自立していて、貯金もある。そしてよえ子に、あんたも早く家を出て、父親と離れなと言うのである。よえ子は自立している姉をすごいなと思っているけれど、父へのスタンスは微妙にやよいと異なる。

 結局、よえ子は父の死を看取り、やよいはその場にはいない。

 この描き分けが絶妙にいいなと思った。

 毒親との向き合い方は人それぞれでいいというのを、姉妹両方を描くことで示している。そして、2人の選択がなぜそうなるのかも読者にとってわかりやすい。やよいはよえ子よりも先に生まれた分、父の暴力性をより多く浴びてしまったし、守ってくれるきょうだいがいない幼少期を過ごした。よえ子も父親のことは嫌っているが、「なぜ父がそうなったのか」あるいは「自分は父から愛されていなかったのか」を知りたいと思うだけの情(のようなもの)が残っている。

 やよいはキッパリ親と縁を切ることで自立し、よえ子は親との関係を見つめ直すことで自立する。

 毒親持ちの人は「なぜ自分は他の人のように親を愛せないのか」に悩むことがあるし、親を許せない自分を責めることもある。父親を許そうとしたよえ子だけでなく、絶対に父を許さないスタンスを貫いたやよいも描くことが、この作品の持つ包摂力であると思う。親を許すも許さないも、自分で決めていいのである。

 フィクションが示すのは正解ではなく、それぞれの選択であるのだなと思う。

父の過去

 よえ子は母や叔父から話を聞くうちに、次第に父の生い立ちを知るようになる。親って子どもにとって一番身近な存在で、親は子どものことを生まれたときから知っているのに、子どもは親の生育過程をあまり知らない。仲の悪い親子ならなおさらである。しかし親がどう育ってきたのかは、自分がどのように育てられたのかを知ることとも重なる。

 大方の予想通り、父の父(よえ子の祖父)は癇癪持ちで暴力を振るう人である。よえ子の父は、娘たちのことを直接的にはほぼ殴らず、壁を殴ったりするだけだったが、祖父は自分の息子たちを頻繁に殴っていたことをよえ子は知る。そして、暴力のもとで育った自分が、自分の子どもを殴るようになるのではないかと父が怯えていたことも知る。

 「加害者が加害者になった理由」である。

 加害者にそういう過去があることと、被害を受けた人がそれを知って加害者を許すかどうかはまたまったく別の話である(けれど、裁判では情状酌量のためにこのような背景が持ち出されるから、問題が余計にややこしくなったり、被害者がさらに許せない気持ちになったりする)。

 ただ、人間は説明や理由を欲しがる生き物なので、被害者が「なぜ」を知りたがった際に、その答えが得られることで、前に進めることがある。

自分はどこからきたのかの話

 最終巻のあとがきで、この漫画を読んで自分の親の話をしてくれた人が何人もいた、と作者のおかくーこさんが書いていた。家庭の状況はさまざまではあるが普遍的な部分もあるので、読んだ人は「自分の家の場合」をついつい考え出すのだと思う。

 私はこの漫画を読み始めた際に、うちは毒親ってほどの毒親ではないからなあと思っていたが、読んでいくうちに自分の家との類似点が多々あって驚いてしまった。

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