たまたまレビュー#39 『縁を結うひと』

とんでもない名作。版権引き上げたくなるのもそりゃわかる
小川 2025.09.14
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だいたい週末の午後に更新します。

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今週の一冊

▼『縁を結うひと』

※いつもは版元サイトをリンクしていますが、新潮社があんなことをしたので今回は読書メーター(読者によるレビューサイト)をリンクしています。

あらすじ

 金江福は、東京で在日韓国・朝鮮人同士のお見合いを取り仕切り、年に数十件のカップルを成立させるこの道30年の「お見合いおばさん」。通称「金江のおばさん」と呼ばれる彼女のもとには、いろいろな事情を抱えた家族が訪れる。金江のおばさんは、ある人からすると世話好きで情に厚く、ある人からすると、ごうつくばり。お見合いのセッテング料金や成立料だけではなく、結納や結婚式を執り行うホテルからもマージンをもらっている彼女は裕福な暮らしをしているかと思いきや、実は質素な一軒家に暮らしている。その理由は……。

 金江のおばさんとその家族、お見合いをお願いする人たち、それぞれの視点から成る六篇の短編集。

まず

 私は、同じ作家の小説の登場人物が他の小説にも登場する仕掛けがすごく好き。なんていうんでしたっけ、こういうの。『縁を結うひと』は、深沢潮さんのデビュー作「金江のおばさん」(新潮社の「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞作)をはじめに、それ以外の五篇でもちらりちらりと金江福やその家族などが登場して、少しずつ登場人物がかぶっている。誰かは誰かの人生の脇役で、それぞれの人生では主人公で、っていう当たり前のことをリアルに体験させてくれる小説って素晴らしいなって思っている。書き手の洞察力が卓越していないと成功しない試みだと思う。『縁を結うひと』はその点で完璧だし、何よりそれぞれの短編の読後感が濃い。

後ろめたさ

 結婚というのは家同士がつながりを結ぶことなので、日本人同士でもうまくいかないことはしばしば。在日韓国・朝鮮人の場合、事情はさらに複雑で、日本で暮らす外国人である上に、朝鮮総連と民団との対立関係もある。それから当然、学歴や家柄、長男か次男か、親と同居するかどうか、女性の場合は特に年齢やルックスが……といった事情もかかわってくる。

 それぞれの短編では、お見合いをする2人をそのまま主人公に据える訳ではなく、結婚後の夫からの視点や、お見合いをした叔父の姪っ子、あるいは金江福の孫の同級生男子などの視点から、在日として日本で生きることの困難、葛藤、あるいは日常生活のそのままが語られる。どのお話も日常生活がベースなのだが、彼ら彼女らの日常には、「在日」であることや、それを隠して暮らさざるを得ない現実(あるいは隠さずに暮らしている同胞の対比)が背景に色濃くある。普段は「日本人」のように日本名で暮らしている二世や三世であっても、自分の出自と自分を切り離すことは決してできない。その悲しさが、どの話にも通底している。

 「悲しさ」と書いたけれど、侵略国である日本の国民である私が、まるで第三者のように「悲しさ」などと書いていいのだろうかとも思う。日本が韓国(やその他のアジアの国々)に対してやったことについて自覚的な人であれば、深沢潮さんがこのような小説を書くことに後ろめたさを感じずにはいられないはずだ。

 そして、その後ろめたさを認めたくない人が、彼女の表現活動に青筋を立てて怒るのだと思う。

 このような背景を抜きにしても、小説の構成としてどれも巧みであって、着地点はそこだったのかと思わされる。小説としての醍醐味、ストーリーの面白さを存分に味わえる作品集なので、子どもも大人もぜひ読んでみてほしいなと思う。まあ、もう新潮社版は絶版かもしれないけどさ。この小説が新潮社から出ていることが、今となっては残念でならない。

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