たまたまレビュー#37 『黒川の女たち』

奇跡のようなドキュメンタリー
小川 2025.08.30
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今週の一本

▼ドキュメンタリー映画『黒川の女たち』

話したよ

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あらすじ

 戦時下、国策のもとで日本国内の様々な地域から満州へ渡った満蒙開拓団。岐阜県・黒川村の黒川開拓団もそのうちの一つだった。日本の敗戦が色濃くなると、日本軍は開拓団に情報を知らせないまま撤退。中国人やソ連兵に囲まれ、集団自決を選ぶ開拓団もある中で、黒川開拓団は命と引き換えに18歳以上の未婚の女性たちをソ連兵に差し出す。10数名が「性接待」をすることになり、そのうち4人が梅毒などで現地で死亡した。日本に帰ってきた後、偏見から村を出ざるを得なかった女性もいるが、長きにわたって励まし合い続けた彼女たちは、やがて被害を語り始める。前作『ハマのドン』がキネマ旬報文化映画ベスト・テン第3位に選ばれた松原文枝監督の作品。

個人のナラティブをどう受け取るか

 今、見るべき映画だねと言い合っていたのだが、しばらく腰が重かった。自分の取材テーマは性暴力とはいえ、だからこそ見るタイミングを選ぶ。8月になってようやく京都シネマに足を運んだ。平日の昼間だったが、座席は3分の2ほど埋まっていて、年配客が多かったと思う。性別は男女半々くらい。ひとりで見にきている人が多かった。

 見始めて(良い意味で)少し予想外だったのは、女性たちの被害に焦点を当てる前に、当時の状況についての説明がそれなりに尺を取って説明されるところ。
 夢を持って満州へ渡った満蒙開拓団だが、開拓団とは名ばかりで、実際は現地の人が開拓した土地の簒奪だった。そして戦況が変わると日本軍は開拓団を残してさっさと撤退した。逼迫する状況を伝えず、まるで開拓団をソ連兵に対する「人間の壁」にした。もともとの土地を奪われた中国の人やソ連兵からの襲撃を恐れ、なす術がない開拓団は集団自決するか、女性をソ連兵に差し出すことで命を守ろうとする。黒川開拓団以外でも当然、犠牲となった女性はいるだろう。

 まず日本による中国への侵略があり、そして日本軍は開拓団を見捨てた。日本と日本軍による「加害」を先に書き、開拓団もまた現地の人の土地を奪う加害者だった事実を冒頭でまず確認する。

 この視点が、作品の芯となっていると感じた。加害と被害は一面的なものではなく、構造の中で何重にも積み重なっている。黒川の女たちの被害を語る際に、戦争とはどのようなものだったのかを現代の私たちに端的に説明している。

 個人の被害はその人個人の痛みであることは間違いないが、被害と加害が発生した理由は構造を抜きにしては語れない。後世に生きる私たちは、個人のナラティブを個人の悲劇としてだけ受け取ってはいけない。

(※)映画やパンフレットではあまり「被害」という言葉は使われず、「性接待の犠牲」などと表現されている。今でこそ「性被害」や「性暴力」はそこそこ報道でも見かけるようになったが、女性たちの生きた時代からするとそぐわなかったのかもしれない。あるいは、「被害に遭った」というよりも集団の中で加害を意識させる「性接待の犠牲」の方が、彼女たちの実感に強かったのかもしれない。

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