【たまたま通信】『最後の決闘裁判』を見ました
映画『最後の決闘裁判』を見てきました。忘れないうちに感想を書いておかねば。もう公開終了してしまってる映画館も多いようで、気になる人はお早めに!
以下、ネタバレがあります。特に(3)〜(5)では完全にラストまで書いているので未見で今後鑑賞するつもりの方は読まない方が良いと思います!
(※)性暴力に関する記述があります。
【目次】
(1)見に行った理由
(2)あらすじ
(3)あのブログをどう思うか!
(4)巧みだと思う点
(5)地獄だよね
(1)見に行った理由
twitterで評判を見たからです。正確には、原田眞人監督がブログで書いてる『最後の決闘裁判』評が悪い意味でヤバい!って評判を見たから。
↑こんな感じのツイートが散見され、これは広義のジェンダー炎上案件じゃないの?と思い、見に行きました。予備知識ほぼない状態で見に行ったら、思った以上に圧倒される作品だった。そして件のブログはかなりヤバいな!って思いました。
(2)あらすじ
史実に基づく物語。中世フランスでは決闘に勝った方が真実という「決闘による裁判」が行われていて、その最後の裁判だったのがこれなんだそう。なぜ決闘に勝った方が真実なのかというと、神は真実を語るものを勝たせるから。うん、中世だな!
百年戦争が続く1300年代後半のフランス、騎士のジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)は戦を厭わず勇んで出征を繰り返すものの、領主からは敬遠されている。領主がその能力を認めているのは、旧友であるジャック・ル・グリ(アダム・ドライヴァー)。ル・グリは無骨なカルージュと違い人目を惹く外見で、頭も要領も良い。カルージュは美しい妻・マルグリット(ジョディ・カマー)と結婚するが、ル・グリはカルージュに寄り添うマルグリットを一目見て強く惹かれてしまう。
ある日、カルージュが遠征から帰ると、放心状態のマルグリットから「ル・グリにレイプされた」と告げられる。しかしル・グリは、マルグリットと自分の間には同意があったのだと主張し、真実をめぐって「決闘裁判」が行われることに。
決闘裁判では、負けた方は死罪。もしカルージュが負ければ、マルグリットも火あぶりにされてしまう……。
映画は1章・カルージュの視点、2章・ル・グリの視点、3章・マルグリットの視点から描かれる。
(3)あのブログをどう思うか!
三者が何をどう考えていたのか、それぞれの視点から語られる羅生門スタイルではあるけれど、「三者三様の真実がある」って話ではない。マルグリットの章タイトルだけ「true」の文字が少し残ることからも、この事件の真相はマルグリットの視点にありますよ、と明示されている。
マルグリットの章でわかるのは、彼女がカルージュとの結婚生活に失望していたこと。カルージュは早く後継ぎができないかってことしか考えておらずマルグリットには意志なんてないかのように扱うし、姑も冷たい。
けれどそれではマルグリットがル・グリに惹かれていたかといえば、そうではない。彼女にとってレイプであり、同意のある性交ではなかったことは明らか。
マルグリットの視点からわかるのは、彼女にとってはどっちの男も支配的に振る舞うクズだったということ。
それなのに、それなのに。原田眞人監督はそのブログ2021年10月29日「パワフルな『最後の決闘裁判』に足りないもの。」の中で、「(マルグリットとジャック・ル・グリは)祝宴の席での出会いで二人は情感を分かち合う。情を交わしたかのようなシーンも点描される」と書き、さらに「いずれにせよ、マルグリットはジャックと結ばれるべき才女である」とまで書いてしまっている……。
ひどいことですよ。ル・グリの視点では確かに「二人は情を交わした」ように見えるんだけど、それはル・グリの勘違いだってマルグリットの章を見ればわかるのに……。
招かれた祝宴でマルグリットがカルージュと踊る場面がある。ル・グリ視点だと、マルグリットがカルージュと踊りながらも自分の方へ意味深な視線を投げかけてきているように見える。二人の男を手玉に取る、「魔性の女」かのような。
でもマルグリット視点だと、彼女は踊りながら夫のカルージュにル・グリについての忠告をしているだけ。マルグリットは賢いので、ル・グリが女性にモテる魅力的な人物だとわかってるけど、さらにナルシストで鼻持ちならないヤツであることも見抜いている。
マルグリットは「ジャックと結ばれるべき」女性なのではなくて、一人で生きていける女性なんですよね。「無粋な夫との生活に悩む美しい妻が夫の旧友である美男子と惹かれあった」みたいなステレオタイプな話ではない。
これは共感してくれる人も多いんじゃないかと思うんですが、ル・グリの「あいつも俺のこと見てる〜」的な勘違い、イケメン(もしくは自分をイケメンだと思っている人)あるあるですよね……。
距離感詰めてきて気持ち悪いと思っていた男から「俺が早く告白しないから怒ってんの?」って言われてゾッとした経験とか、ただ立ってるだけで「ナンパ待ち?」って言われてウザかった話とか、女が集まるとあるあるでは。
件のブログではレイプ後のジャック・ル・グリのセリフについて「ジャックって、この程度の男なの?という疑問が」と書かれているんだけれど、いや、その程度の男だってずっと描写されてきたじゃ〜〜〜ん!!! と、思いました。
(4)巧みだと思う点
ル・グリは、同意があったと主張し、彼にとってそれは嘘ではない。同意を取ったプロセスなんてどこにもないのに、彼はお互いに「激情にかられた」と思っている。これは性犯罪加害者の認知の歪みなんだけれども、これをわかりやすく観客に示す仕掛けが巧かった。
ル・グリは領主のピエール(ベン・アフレック)と一緒に城で夜な夜な乱痴気騒ぎを楽しんでいる。若い女性たちにお酒を飲ませ、テーブルを挟んで追いかけごっこをして、捕まえたらベッドまで担いで行って性交する。部屋の中には複数の男女がいて、みんな笑いながらその様子を見守っている。周囲も当事者も乱交を楽しんでいる。
ル・グリがマルグリットをレイプする場面で、このテーブルを挟んでル・グリが女性を追いかける様子や、彼が相手を抱え上げる様子がほぼ同じ構図で繰り返される。ル・グリにしてみれば「よくあること」であり、相手も楽しんでいる行為なのだ。だって、これまでがそうだったのだから。マルグリットが、それ以前に彼が性交した女性とは違う人格や感情を持っていることをル・グリは理解していない。
マルグリットが寝室まで逃げる前に、靴を脱ぎ捨てて階段を上がる描写がある。マルグリットからすれば必死に逃げている。けれどル・グリの視点からは、まるでマルグリットが自分を部屋に誘っているように、逃げるフリをして駆け引きしているように映っている。
仕事で性犯罪事件の裁判を傍聴することがある。ル・グリの勘違いを見て思い出したのは、ナンパセミナーの主催者が起こした連続集団レイプ事件で、他の共犯者がレイプを認めているのに、主犯である主催者だけが同意があったと主張し続けたこと。
主犯は被害者から誘うような素振りをしていたと強調するのだが、被害者はそんなつもりはない、もしくはそんな事実はないと否定。結果的に裁判では主犯の主張が避けられ、懲役13年の判決となった。
関係者の一人はこう話していた。
「毎週のように女性と飲み会をして同じようなことを繰り返していたから、相手が誰だったかもよく覚えていないのでは」
普遍的で、取り返しのつかない勘違い。
(5)地獄だよね
前知識なしで観に行ったので、決闘の場面ではカルージュとル・グリのどちらが勝つのか、怖くて観ていられなかった。カルージュが負けたらマルグリットが裸にされた上で火あぶりにされてしまう。そんなの見ていられない。カルージュに勝ってほしかった。
でも途中でこうも思った。もしカルージュが勝ったとしても、マルグリットはカルージュに死ぬまで支配され続ける。火あぶりで死ぬのと、一生じわじわと支配され続けるのと、どちらが過酷だろう。どちらが勝っても負けてもマルグリットにとっては同じなのだと思ったら、少し落ち着いて決闘を見ることができた。
2021年の日本の裁判では、被告人が無罪になったとしても、被害者の女性が火あぶりにされたりすることはもちろんない。被害者の情報は守られ、人目に晒されることもない。けれど、もしも無罪になった場合は特に、ネット上で心ない書き込みがあふれる。今もひどい中傷に晒され続けている人もいる。比喩的には火あぶりにされているようなものだと思う。
『最後の決闘裁判』についてツイッター上での反応では、中世はひどいけれど今でも変わっていない部分があるというような意味のツイートをしている人を何人か見かけた。私もそう思う。
裁判で闘うことになった被害者に世間はたいてい冷たい。そして加害者からの攻撃は苛烈だ。まるで、法は男のためにあり、その法の力に頼ろうとする女はそれだけで罰せられなければならないというかのよう。実際、男しかいない場で作られた刑法が現代でも土台になっているのだから、「法は男のため」と思っていてもあながち間違いではないのかもしれない。
マルグリットの時代では彼女自身は訴えることすらできず、カルージュが名誉を汚されたという理由で訴えた。それなのに「夫との性交に快楽を覚えていたのか」といったひどい尋問に耐えなければならなかったのはマルグリットだった。
結局、決闘はカルージュが制する。そしてその数年後のシーンが挿入されて映画は終わる。字幕で、カルージュが決闘から数年後に戦死し、マルグリットは高齢になるまで生きて再婚せず、女領主として城を守ったことが語られる。良かった、マルグリットが男から一生支配されることはなかった。
私が見てきた性犯罪の裁判も、数十年後か数百年後に、こうして映画化されると良いと思ったりする。さまざまな二次加害から自由になって、彼女たちの魂が救われるときが来ると良いと思う。
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