【たまたま通信】『由宇子の天秤』を見ました

感想です。
小川たまか 2021.11.10
誰でも

 渋谷のユーロスペースで映画『由宇子の天秤』を見てきました。

 ネタバレありのレビューです。前情報があまりない状態で見に行った方が絶対良い映画だと思いますので未見の人は気をつけて。特に(3)以降では完全ネタバレしていますのでご注意を。

【目次】

(1)どんな人におすすめか

(2)私はどうするのだろう

(3)矛盾と葛藤を超えて

(4)注目したポイント

(5)気になった点

(6)パンフレットが良かったよ

(1)どんな人におすすめか

 報道関係者、メディアの人、教育関係者、児童福祉に関わる人、加害者の家族支援に携わる人、報道被害に興味関心のある人、マスコミってほんと害悪だな!と思ってる人、白黒ハッキリしたものしか拡散されない最近のツイッター文化に辟易してる人などなど。

(2)私はどうするのだろう

 このブログ(letter)を書いている私(小川)は性暴力の取材をしているライターであり、被害者側や被害者支援側からの声を聞くことが多いです。被害者側を取材していて直面するのは被害者支援の少なさや法の不備、あるいは加害者やその周囲からの二次加害。すごく悔しい思いをしている人が多いので、私は徹底して被害者側に立ちたい気持ちになる。

 加害者の周囲はどうしてあんなにあのクズを守って被害者を何度も何度も傷つけるんだろうと、やるせない気持ちが日々募る。

 でも一方で思うことがある。

 もし自分の家族が性暴力の加害者になったとき、私はどうするのだろう。自分の友人が加害者になったとき、私は。加害者擁護をしないでいられるのだろうか。

 身近な人が加害者になる可能性について(あるいは過去に加害をしていた可能性について)、報道関係の人や、あるいは司法や支援の関係者は、一度は考えたことがあるのではないか。身近な人ではなく自分自身が加害者になる可能性ももちろんあるけれど、自分自身よりも「身近な人が」の方がむしろ葛藤が大きいだろう。

 自分自身なら自首すれば良い。しかし周囲は日常が続く。日々のさまざまな人との関係の中でその都度自分のスタンスを迫られる。

 たとえば加害者への非難がその周囲のコミュニティにまで及ぶとき、「それは違う」と訴えることが、加害者擁護になることもある。

 性暴力というのは一般に考えられているよりもずっと身近で起こっていることだ。だからこそ、身内が加害者になる可能性を考えずにはいられない。

(3)矛盾と葛藤を超えて

※以下、作品内のセリフはうろ覚えなので、一言一句その通りではないと思います。ごめんなさい。

 そんなわけなので、私は本作品のタイトルとあらすじから、衝撃的な展開の一つがどういうものか見る前に予測できてしまった。

 3年前に起きた高校生のいじめ自殺事件を追うドキュメンタリーディレクターの木下由宇子(瀧内公美)。彼女はフリーのディレクター業のかたわら、父・政志(光石研)が経営する地元の塾で講師の仕事もしている。生徒の高校生たちからも慕われる由宇子はある日、衝撃的な事実と直面する。

 ↓ここからネタバレします。

 塾の生徒・萌(メイ/河合優実)が妊娠していることがわかり、父親が誰かを聞かれた萌は「木下先生」と打ち明ける。由宇子は政志を追求・非難し、萌に寄り添うものの、一方ではことをおおやけにしないように画策する。

 萌の状況よりも、自分の仕事や仕事仲間への影響、そして塾の他の生徒があらぬ中傷に晒されることを避ける方を優先するのだ。

 事実を打ち明け罪を償うと言う政志に向かって由宇子は言う。

「自分のことしか考えてないじゃん。自分が楽になりたいだけでしょう」

 私はこの場面を見て、ああやっぱりこういう理屈を展開するのかと思った。これまで私が見てきた加害者を擁護する関係者たちもこうだろう。彼らにも守らなくてはならない人がいる。ある意味で彼らも責任感が強い。

 子どものいじめ自殺が報じられるたび、なぜ学校や教育委員会はいじめを隠蔽したり加害者児童を守ろうとするのかと思う人が多いと思う。学校や教育委員会の理屈はこうだ。「教育機関は裁判所ではない。我々はいじめをした子どもであっても報道被害から守り、教育者として見守る責任がある」。

 もちろん保身もあるけれど、教育者の中にはこのような意識もある。報道や捜査によっていじめの当事者でない児童・生徒たちにも影響が出るので、現場の教育関係者は「子どもたちを守らなければならない」と思っている。

 いじめ報道を見た視聴者がそんな説明で納得するわけがないのは当然だが、もしも自分たちが当事者になったとき、その立場から一体何が正しく見えるかはわからない。

 由宇子のセリフを聞いて、欺瞞だなあと思う。「自分が楽になりたいだけ」という言葉は、角度を変えれば由宇子自身にも当てはまる言葉だ。けれど自分が由宇子の立場になったとき、一体何が正しく思えるだろうか。その告発が多くの犠牲を払う場合、どれだけの人が被害者側に立つことができるのか。

 由宇子は有能だし基本的には正義感の強い人だが、結果的に身内をかばい、真実に蓋をし、萌を救うこともできない。由宇子を断罪するのは簡単だが、そうできるのは、人間は完全な善人か完全な悪人のどちらかだと思ってる人だけだろう。

 けれど。

 けれど由宇子の事情を理解した上でそれでもなお、人はそれぞれが自分の誠実さと向き合わなければいけない。覆い隠されようとする真実を追わなければいけない。ラスト間際での由宇子の決断は、監督の答えが込められているのではないかと感じた。

(4)注目したポイント

 2点あって、1つは政志が最初に登場するシーン。演じているのが光石研さんであることもあって、こんな温厚実直そうな普通のおじさんが、孫でもおかしくない年齢の萌を……と想像できる人はまずいないと思う。

 けれどよく見ると伏線がある。

 塾の女子生徒に対する政志の距離が近いのだ。女子2名の短いスカートの上にプリントを置いたり、さあ教室に行けと言って2人の肩に手をまわしたり。

 一瞬の描写だし、プリントは他に置く場所がなかったから、手をまわしたのは通路が狭くて思わずそうなってしまっただけ、という風にも見える。気にする方が変なんじゃ?ぐらいのさりげなさ。けれどその後の展開から考えて、監督はこの場面を重要な伏線として撮っていると思う。

 余談になるが、塾の生徒たちのシーンがさりげなく良かった(彼らの演技も)。萌は貧困家庭であることを原因に一部の男子生徒からいじめられているのだが、直接的ないじめのシーンはない。萌がいない場所で、萌の私物を男子生徒たちがからかい、それを女子が由宇子に告げる。何が起こっているのか説明しすぎることはなく、けれど、観客は理解できる仕掛けが随所にあった。

 もう一点、萌が由宇子に後ろからそっと抱きつく場面がある。

 最初は無表情で無気力だった萌だが、萌に個人的に勉強を教えてくれたり、家を訪れて料理を作ってくれたりする由宇子に段々と心を開いていく。

 二人が打ち解けてきたある日、萌は料理をしている由宇子に近づいて、少しだけ抱きつく。一見ほのぼのとしたシーンだが、ここで描かれているのは、二人の交流が順調であることではない。

 由宇子はおそらく、微かな違和感を覚えている。その距離感の近さに。

 支援をする人と支援を受ける人の関係はとても難しく、ともすれば依存や支配の関係になる。由宇子は、抱きつかれる場面で、依存の気配を読み取っている。この描写がとても繊細で、巧みだと思う。

 このシーンのあと、由宇子は萌が他の男子生徒とも関係を持っていたことや、「ウリ」をしていたことを知る。お腹の子どもの父親が誰かわからないのに、萌は由宇子に気にかけてもらうために、政志のことしか話していなかったのだ。

 小さな頃に母親を亡くし、父親との関係も悪く、貧困の中で育った萌は愛情に飢えている。周囲からは嘘つきだと言われ疎まれている。誰かと関係を持てるのであれば、それは体目当ての男子生徒でも、同性の由宇子でも誰でもよかった。自分の心配をしてくれる人の存在が萌には必要だった。どん底にいる萌は、由宇子の罪悪感を利用した。最終的に由宇子はその意図に気づく。

 児童心理関係の人が見たら、さらにもっと気づく部分あるんだろうなと思います。

(5)気になった点

 チラッと気になった点(批判ではない)。『由宇子の天秤』は海外の映画祭でも上映されているそうで、海外の人はどう思うのだろうな〜と思った。

 作品内では、「加害者」とされた人の家族、被害者家族両方が世間からの中傷や偏見の目に晒され、特に前者の家族は悲惨な状況に陥っている。

 海外でも、加害者やその家族へのバッシングはあるだろうけれど、その程度は国や文化によって結構違うなと思っており……。例えばアメリカでは、銃乱射事件の加害者家族がテレビで顔を出して心境を語り、激励の手紙が段ボールいっぱいに送られてくる……とかいう話もある。

 作品内では関係者への報道被害があることが前提として話が進んでいくが、日本でこれほどの報道被害があるっていうのは、他の国から見て普通なんだろうかと思った(作品に対する批判ではなく純粋な疑問です)。そのあたりの海外からの感想を聞いてみたい。

(6)パンフレットが良かったよ

 生まれ変わったら映画のパンフレット制作だけ専門に請け負う業者の人になりたいと思うほど、映画のパンフレットが好き。『由宇子の天秤』パンフレットは、制作秘話はもちろん、由宇子と萌の後日談的な短い漫画が入ってて、これは買うべきお得感がありました。良かったよ!

 さて、本日は以上です。それではまた今度。

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