たまたまな日々・6月12日(金)
初めて福知山へ。
京都へ来る前は、京都に海があると言われてもピンと来なかった。京都市内のイメージしかなかったから。京都府のかたちって煙のように左(西)へ長く流れていて、犬が走っているところを横から見たようにも見える。
京都府のかたちがワンちゃんに見える私にとっては、舟屋が有名な港町・伊根町はその後頭部or耳であり、京都市はお尻である。
そして前足にあたるのが福知山市。昨日はその福知山市へ行ってきた。お尻から前足への移動。
同じ京都府なのだけど、大阪の梅田あたりに行くよりも遠い。片道2時間ほどかかった。初めての福知山。
赴いた理由は、「福知山シネマ」で映画を見るため。

「福知山シネマ」ドーン!
福知山シネマは、かなり長く『国宝』の上映をしていて、昨日が最終日でした。他の映画館で終わった映画を上映していることも多いらしく、プペルが今もやっていたり、ウィキッド(後編)が今週からだったり。
『国宝』はもうAmazonプライムでも配信しているのだけれど、もう一度スクリーンで見るために2時間の旅をしてもいいなって思ったので行ってきました。JRはしだてに乗ると片道3000円以上だったのだが、山陰本線でゆっくりいけば1500円程度だったのではりきって後者で。余談ですが、京都から大阪までがJRでも京阪・阪急でも500円前後で行けるのって安いですよね。
『国宝』と『さらば、わが愛』
私がなぜ『国宝』を好きなのかといえば、『さらば、わが愛/覇王別姫』(陳 凱歌監督)と似ているから。李相日監督もこの映画から強い影響を受けたと語っている。どちらも、芸道に心身を捧げた2人の一生を描いている。
『さらば、わが愛/覇王別姫』は1993年の映画で、私は中学生か高校生の頃に最初に見た。あんまりにも圧倒されて、今でも好きな映画TOP3に入る。いや、一番かも。去年、京都の映画館で再上映されたのも見に行ったら、ほとんどの場面をちゃんと記憶しているので驚いた。若い頃の記憶力ってすごいですよね、最近見る映画はストーリーさえあっという間に忘れるもの。
▼「夢のような永遠の一瞬をあなたと歩んだ」ってコピーが最高だと思う。
『さらば、わが愛』は、だいたい1920年代〜1970年代頃まで、日中戦争や文化大革命があった頃の中国のお話なので、歴史に翻弄される人々の哀しさが全編を貫いている。
それで言うと『国宝』は戦争が終わった後の日本が舞台。社会の状況はほとんど映画には表現されておらず、個人史である。その点ではやっぱり弱いのだが、これはもう戦後の日本が(中国に比べれば)平和だったゆえなので仕方ない。
一方、『さらば、わが愛』になくて『国宝』にあるのは、裏方の人まで含めた丁寧な描かれ方だと思う。『国宝』は、喜久雄がいて、俊介がいて、その2人を取り巻く人々がいて、歌舞伎に関わる多くの人がいる。そのすべての人の機微、息遣い、人生が画面から感じられるのが好き。
とはいえ結局、吉沢亮が好き、というところに尽きてしまうんですけれどね。ため息が出るよ……。