10月9日(金)「夫婦の性行為は義務なのか」という記事
ニュース記事タイトルのインパクトっていうか。
先週日曜日に朝日新聞が配信した記事がちょっと話題になっていました。
Yahoo!配信記事では「夫婦の性行為は義務なのか 「したくない」と言ったら? 法学者の見解」というタイトル。元記事は↓こちら。Yahoo!配信記事は、この有料記事の要約版です。朝日新聞での配信は3日(土)、Yahoo!配信は4日(日)。
▼有料記事がプレゼントされました!10月10日 11:33まで全文お読みいただけます 夫婦でも「したくない」は認められるか 法学者が考える性行為の義務:朝日新聞 (10月3日/朝日新聞)
これは「「したくないけど、言えない」 夫婦間の性的同意」という連載の8回目の記事。連載ではいわゆる「セックスレス」をテーマに記者さんがいろんな取材をしていて、妻側がしたくないケース、夫側がしたくないケースをどちらも取材、さらに社会学者やセックスカウンセラーの話も聞いています。
8回目で法学者の見解を聞いた、という展開。
しかしYahoo!の記事で読んだ人はこれが連載だという文脈を知らず、いきなり「夫婦の性的同意」と「法律」がセットで語られたので驚いた人も多いのかもしれない。セックスレスはわりとよくあるテーマだけど、それが「性的同意+法律」って切り口で語られるとドキッとする人もいるのかもですね。
原稿の企画を相談する編集さんからも朝日の記事がヒットしてます、読者の関心が高いのかもしれないので共有します〜と連絡が来た。
この記事(朝日の元記事)で書いてあることをざっくりまとめると、夫婦間で性行為に応じないことが離婚理由となるかならないかで言えばなった事例もあるのだけれども、ケースバイケースだし、法律に夫婦間のセックスが義務と書き込まれているわけでもない、日本の民法は解釈の余地を残してる、その一方で刑法でも夫婦間の不同意性交は成り立つよ〜と2023年に明文化されたこともあるし、性行為に応じないことが有責となるのはおかしいかもね、ちなみに日本の離婚制度は貧弱で、離婚後の生活が保障されていないことも「したくない」と言えないことの理由のひとつかもしれません、みたいな感じです。
Yahoo!の配信記事では、「夫婦間でも性行為を拒絶していいという「常識」を確立できるのであれば、あえて法律で位置づける方法をとらなくてもよいかもしれません。」が結論部分に置かれていて、元記事と読み比べると、法律でどう位置付けるかに論点がある感じ。
まあどちらにしろ、時代の流れで夫婦間の性的同意についても価値観が変わっていっているので、法の運用も変わっていくかもしれないね、というようなお話。私はこれを結論がある記事というよりも、読者(世論)の議論を促す記事だと思った。
ですので、Yahoo!ニュース配信記事のコメント欄で識者が「(性行為を)拒否するのであれば、相手が離婚を選ぶことも受け入れるべきではないでしょうか?(略)メディアが片方だけの意見を取り上げ続けても何も解決しないと思いますね。」などと、なかなか攻撃的なことを書いているのを見て、非常に残念に思いました。
たぶんこのコメントを書いた識者は「したくない側の意見だけ取り上げてる!」って思っているんだけど、この連載は「したい人vsしたくない人」の構図でできていない。出発点が「したくないけど、言えない」であることまで知っていたら、このコメント書いた人もここまでイライラしていない気もする。でもこういう、実際にはない対立構図を勝手に読み取って怒ってるコメントが一番響いてしまう。困ったものだと思うよ。
おそらく「参考になった」を押した人たちの少なくない数が頭に思い浮かべたのは「妻がセックスに応じないのだったら夫側には離婚する自由だってある!」では。でも、夫側からのセックスレスや、夫の体の事情で性行為をできないことだってある。それを妻側が離婚の理由として突きつけるっていうケースを、あんまり想定していないんじゃないかなあ(朝日新聞の元記事では、結婚する前に夫が性的不能を伝えなかったことで離婚・慰謝料が認められたケースが紹介されている)。
それでしかも、現代の考え方では夫婦間でも性行為を拒否していい流れになってきているよね、フランスでは「夫婦に性的関係をもつ義務はない」って規定が民法に盛り込まれるかも、って書いてある記事に対して、「拒否するなら離婚に応じるべき!!」って、なんつーか、冷静な議論じゃないですよね。議論を引き戻そうとしているだけ。検討のために持ち出されている素材をまず見て、それについて話す努力をしてほしい。あなたが何に怒っているのかはわかるような気がするが、お気持ちだけでは議論が進まないので。
それから日本はセックスレス大国と言われるほどセックスレス夫婦が多い国(40〜60%程度がセックスレスと言われる)で、そもそも性行為せずにそれなりに夫婦生活を送っている夫婦なんて山ほどいると思うんですよね。そういう意味でも、「したい」vs「したくない」が大問題であるかのように語るのってとても違和感がある。
すんごいいろんなケースが考えられる問題を、単純な構図に落とし込むことの残念感と言ったらいいでしょうか。わかりやすい二項対立の罠、みたいなのはもう散々言われてると思うんだけれども。
なんだろうね、ヤフトピのような目立つところで性とかジェンダーの問題が取り上げられるとそれだけでカーッとなっちゃう人、いるよねえ。
